1 働く人の時間の使い方
アーノルド・ベネットの「How to Live on 24 Hours a Day(24時間でどう生きるか)」は、1910年に出版されました。日本語訳は『自分の時間』です。ベネットは売れっ子の小説家でした。この本は、働く人の時間の使い方について書かれています。
若いとき働きながら小説を書き続けた経験があるためか、実践的なアドバイスがなされています。もう100年以上も前の本ですけれども、いまでも役に立つ内容です。この本から学んだことを記しておきたいと思います。
ベネットは、働く人がどのくらい時間確保できるかを想定しています。≪週六日,毎朝の少なくとも三十分間,そして週に三晩一時間半ずつ,合計すると週七時間半になる≫…ということです。月に30時間、一日平均にすると、毎日1時間ということになります。
では、この時間で何をすべきだというのでしょうか。≪何か精神の向上になるような意義のあることを,継続してやってみてはどうだろうか≫…と言います。ベネットは、この時間に詩を読むのが一番よいと書いています。
これはとっぴなことのように見えます。とくに現代の日本で、無理やり時間を確保したのに、その時間で詩を読めと言われたら、失望する人が多いでしょう。ここでのポイントは、ことばの感覚を磨く必要があるということです。
何かを理解するとき、まず感じ取って、次にそれを検証する、という順番が多いはずです。これが自然な認識だろうと思います。将棋棋士の米長邦雄が「カンが読みを超える」という言い方をしています。先に感覚で認識し、それを読むということです。
2 ことばの感覚を磨く
ことばの感覚を磨くことは、仕事をはじめとした生活全般に大きな影響を与えます。ことばの感覚が鋭いことは、大きな武器になります。その感覚を磨くために、どのくらいの期間が必要となるのでしょうか。
≪もし三ヶ月間,週七時間半ずつ自己を磨くことに割くことができたなら,その時は自分はこんなすばらしいことができるのだと大声で歌うもよし,独りごとを言うのもよいだろう≫…と、ベネットは書いています。
文章の練習でも、3ヶ月続けると様子が変わってきます。最初のひと月はあまり成果があがりません。だらだらでも続けていくうちに、徐々に成果がではじめるのが2ヶ月目、一番急カーブで上昇するのが3ヶ月目というイメージがあります。
一日わずかな時間でも継続して練習にあてることによって、奇跡的な成果があげられる、とベネットは考えます。わずかな時間の散歩や運動によって体調が良くなってきたら、毎日が変わってきます。精神の健康に時間を使うことで、人生が変わるということです。
ことばの感覚を磨くことは大切です。詩を読むことは、ことばの感覚が鋭くします。詩を読む人の文章とそうでない人の文章に、何かしら質的な違いを感じます。どう詩を読んだらよいのかを教えてくれる本として、茨城のり子『詩のこころを読む』があります。
しかし、現代日本のビジネス人がなすべきことの第一は、詩を読むことではないかもしれません。
3 量が質に変わる
時間を確保した場合に、やるべきことの第一は、関心領域の本を読むことでしょう。テーマを決めて、その分野の本を読み続けることによって、大きく状況が変わってきます。ただ、ここで読み取りの問題があります。
何度か読書会風の勉強会をしたことがあります。若い人たちが、きちんと読めているのか、確認しながらテキストを読みすすめていきました。そこで痛感したことは、読解の基礎ができてない人が多いということです。
では、どうしたらよいのでしょうか。まず最初になすべきことは、量を増やすということです。このとき、きちんと文字を追って読んでいく必要があります。丁寧に読んだ量を増やすことによって、読解力向上の基礎条件が整います。
量が質に変わるというのは、正しいと思います。ひと月に30時間、3ヶ月間、自分のテーマに関係する本を読み続けたら、量が質に変わってくると思います。中核になる知識量が増えてくると、知識が読解の手助けをしてくれるようになります。
もっと本格的に読み取り訓練をしようとするなら、新聞社説の要約ということになります(「文章の設計図づくり:ビジネス文書の練習」)。この場合、週3回でなくて、週1回を要約にあてるだけでも十分効果があります。
何かを身につけようと思ったとき、ベネットの本を思い出すことがよくあります。自分の経験を裏づけしてくれる本として、大切にしてきました。