1 オブジェクト指向一筆書き
先日、中島聡ブログ“Life is beautiful”の「ソフトウェアの仕様書は料理のレシピに似ている」の話を書きました。同じブログ内に「日本語とオブジェクト指向」がありました。これも興味深い内容です。
オブジェクト指向とは、<文書ファイルや音楽ファイルといった対象物(オブジェクト)を先にユーザーに選択させることにより、実行できるメニューコマンド(編集する、印刷する、演奏する、など)の幅をせばめ、使いやすくしようという発想>とのことです。
文書ファイルを選択したら、「編集する」とか「印刷する」になります。オブジェクトを先に決めて、実行しようとしているものを予測して、選択の幅を狭めていくと、使い勝手がよいということのようです。
こうした構造は、先にオブジェクトを言い、その先を推測してもらう日本語の構造に似ているというお話です。日本語は、すみません塩を…というだけで、取って欲しいということが予測される構造です。
英語は、「S+V+O」という構造ですから、先に「~する」というコマンドが来ます。オブジェクト、目的語は、動詞のあとに来ます。動詞をはさんで、主体と客体が置かれる構造になっています。
<名詞を動詞より先に言う、というユニークな言語構造(韓国語もそうらしい)が、日本人の脳みそ内での言語の処理方法を欧米人のそれとは大きく違うものにしているのではないかと考えている>…これは、もちろんそうですけれども、陳腐な考えです。
それでも、このブログを読んで、「オブジェクト指向」というものがわかった気になりました。しかし問題なのは、「オブジェクト」というものが、どういう概念なのか…という点です。わかるようで、明確になりにくい概念だと思います。
2 オブジェクトという概念
簡単な例文から、日本語の場合の「オブジェクト」をどうきめたらよいのかを見てみましょう。<返却日なので、私は授業のあと図書館に本を返した>…という文のオブジェクトは何になるのでしょうか。
「~を」と接続するのは「本」ですから、オブジェクトは「本」なのでしょうか。先のブログでは、タクシー運転手との会話をもとに、「経堂まで」「環七経由で」「その信号を左に」「そこの行き止まりの所で」…がオブジェクトの事例として示されています。
これをあてはめると、「図書館に」もオブジェクトになりそうです。あるいは「授業のあと」もオブジェクトになるかもしれません。「オブジェクト」とは「対象物」のことだと言われても、そんなに単純に決められそうにありません。
先の例文は、①返却日なので:why、②私は:who、③授業のあと:when、④図書館に:where、⑤本を:what…という5Wが、「返した」という行為と結びついています。<返却日なので返した><私は返した><授業のあと返した>…となります。
これらの重要性は、その場面によって変わってきます。どうして…が求められるなら、①の「返却日なので」が重要です。どこ…なら「図書館に」、何を…なら「本を」です。場面を考慮しない場合、①から⑤までの重要性に違いはありません。
厳密なお話ではなかったのでしょう。事例を見ると、①から⑤まで、述語と結びつくものならオブジェクトになってしまいそうにも見えます。しかし、操作対象となるもの…ということですから、客体になるものがオブジェクトだということのようです。
3 日本語の構造とのズレ
日本語の基本構造は、述語・述部が文の束ね役になっていて、そこに5Wが結びつく…というものです。述語・述部が突出した存在です。「お会いできてうれしく思います」は述語・述部になります。「お会いできた+うれしい+思う」が複合されています。
述語・述部は最後に置かれ、文の意味を確定します。おそらくコマンドというのは、複合された行為ではなく、一つの行為なのでしょう。オブジェクト=客体とするならば、オブジェクトを明示することは可能でしょう。
<私は本を返した>と<私は図書館に返した>の構造の違いは、主体と客体の入れ替えによって明確になります。<本は私によって返された>とは言えますが、<図書館は私によって返された>とは言いません。「図書館」は客体ではありません。
では、「を」の接続するものなら、客体になるのでしょうか。そうでもないのです。<私はこの道を進む>の場合、<この道は私によって進まれた>…というおかしな日本語になってしまいます。
このように客体というのは、単純にさっとわかるものではありません。それでも概念の明示はできそうです。(1)一つの行為と結びつく、(2)主体と態の入れ替え可能な要素…だろうと思います。「目的語」と言う場合、この客体が妥当するのでしょう。
「オブジェクト=対象物(客体・目的語)」という概念は、ぱっとわかるものではありません。中島ブログでも、概念が混乱しています。明確性の点からも、日本語の構造を考える場合、「5W」と「述語・述部」の対応関係を【第一の基本構造】とすべきでしょう。
【第二の基本構造】となるのは、「主体」と「述語・述部」の対応関係でしょう。客体と違って、主体は、述語・述部がわかれば、簡単に見出すことができます。<誰が「述語・述部」なのですか…?><何が「述語・述部」なのですか…?>の誰・何です。
中島ブログの肝は、「ある概念の選択によって、その次の選択肢が予測できる」構造に利用価値があるという点でしょう。これは文書構造を作るときの基本でもあります。この場合、第一の基本構造が使えます。当然、「オブジェクト指向」とは違う概念になります。