1 100年前の文章術
堺利彦は、『文章速達法』を1915年(大正4年)に書いています。夏目漱石が亡くなったのが1916年、第一次大戦が始まったのが1914年、終結が1918年です。大正デモクラシーの時代に書かれた本です。いまでも現役の内容が書き込まれています。
1章の「大体の心得」で、「真実を書け」…<自分の考えたこと、感じたこと、知っていることを、そのままに書き表すのが最もよき作文の方法である>と言います。これだ、ということがなかったら、書くべきではないのです。頭の中をさらけ出せと言うことです。
しかし、頭の中をさらけ出すのは、簡単ではありません。頭の中の乱れをよくほぐして、<役に立ちそうな分だけを抜き取って、一々それをしっかりとつなぎ合わせ><順序を正し、筋を立てること>が必要です。これを「腹案を立てる」と呼んでいます。
2 考えをまとめる方法
腹案を立てる前提として、「著者が考えをまとめる方法」を8章の「論文」で書いています。筋書きを考えようにも、順番が立たないし、いろいろな考えが浮かぶけれども、その関係がつかめない。そのときどうしたらよいでしょうか…?
<順序とか関係とかいうことを一切捨ててしまって、浮かんでくるほどの切れ切れの感想を切れ切れのままで一ッ書きに書き並べる>。<いままで頭の中に混乱していたやつを、紙の上に出して目で見るのだから、頭の中はよほど楽になる>。いわば箇条書きです。
こうして書き出したものに、<材料の類別>をする。同類のもの、密接の関係にあるものを見つけて、まとめる。そのまとまりについて<順序を考える>こと。そうすると、足らないもの、余計なものが見つかる、という仕組みです。
3 文章を明晰にする
文章の第一要件は、真実を書くこと、第二要件は、わかりやすく書くこと…です。<真実とは文章と自分との関係で、わかりやすくというのは、文章と読者との関係である>。したがって、わかりやすくするためには、相手を定めることが必要になります。
その相手に向けて、<平易な文字、平易な言葉を使うこと>を心がけ、さらに、一文一文を<簡潔にということも必要である>。<簡潔はすなわち手短>に書くことです。しかし、これだけではダメです。一番大切なのは、文章を明晰にすることです。
<文章を明晰するには、第一、順序を正しくすること。第二、区分けを明らかにすること>…です。区分けを明らかにするとは、<文章に篇を分ち、章を分ち、段を分ち、ないしは句読を打ち、見出しを付ける>ことです。文章の構造を作ることが必要です。
4 驚くほど現代的な内容
腹案ができて、さあ、書くぞと気乗りが出てきて、執筆にかかります。そうすると、<書いているうちにひょいひょいと、思いがけなく趣向が浮かび>…ということになります。それを書いたままにはできません。<推敲を重ね、洗練を積む>必要があります。
推敲を重ねると、<いかにもスラスラと書けたかのごとくに見える>。書くほうは骨を折りますが、読むほうは、スラスラでないといけません。推敲するとき、<その文章に自分の真実が十分現れているか否かを検する>…ということが大切になります。
以上、この本から、<役に立ちそうな分だけを抜き取って、一々それをしっかりとつなぎ合わせ><順序を正し、筋を立て>てみると、すばらしい文章術が出来上がります。1934年刊行の谷崎潤一郎『文章読本』と比べても、驚くほど現代的です。
ためしに、かつて書いた[「ソフトウェアの仕様書は料理のレシピに似ている」から:中島聡の仕事の仕方]と読み比べをしていただけたら幸いです。最先端の仕事の仕方と、原則は変わらない気がします。