1 読書の「量」を意識すること
鹿島茂は、『成功する読書日記』で、読書に関して、まず「量」を重視すべきだと主張しています。読んだ本がある程度の量になると、好きなものだけを好きなときに読み散らすのと違ってくる、と指摘しています。体系化への思考が生まれてくることになります。
ある分野を極めようとする思考を持つと、批評眼・鑑識眼が養われます。<同じジャンルの複数の作品を見たり読んだりすることで、類似と差異が眼に入ってくる>ことになります。それらが、<どこがどのようにすぐれているかを教えてくれる>はずです。
継続的に本を読むうちに、量という結果が伴ってきます。<「量」というのはある域を超えると、「質」という問題を意識にのぼらせるようになります。ある程度「量」をこなさないと「質」というものが理解できないということです>。
2 引用が大切
量を意識することで、質を意識するようになってくるという鹿島は、読書日記をつけることを提案します。私は、読書日記をつけたことなどありませんし、ましてや、評価を表す星取り表など、全く興味がありません。しかし、引用を重視することに賛同します。
引用が大切な理由を4つ挙げています。
(1) 引用により、作者の文体、癖、思想など、ほとんどのものがわかる。
(2) 作者の文章の上手い下手が手に取るようにわかる。
(3) 引用の継続により、オリジナルな名句名文選(アンソロジー)ができる。
(4) 批評や要約にくらべて、引用は一番記憶に残る箇所を引けばよいので気が楽。
引用する場合、ページ数を記載しておくか、本に印をつけておくと、あとで引用箇所が探し出せるので、便利だとも書いています。引用を利用して、引用だけからなる本の要約を作ることも可能だ…と言います。これこそ、チャレンジの価値があると思います。
3 批評をする前のステップ
引用の中でも(3)のオリジナルノートは役立ちます。鹿島はフランス人の飛びぬけた学生の話を紹介しています。この学生は、<本を読んだら気になる箇所をノートに引用する習慣がついた>、そのおかげで、難関を一発合格してきたということです。
僕の蔵書は、リセの図書館や国会図書館で写したノート数十冊分の引用、これだけだ、と胸を張って語っていました。フランスではバカロレアやグランド・ゼコールの文系試験は、大作家の引用をちりばめた論文を書くことが要求されますので、こうした勉強法をしている学生は少なくないようです。
引用を続けるうち、引用による要約が可能になり、さらに、<物語や思想を自分の言葉で言い換えて、要約>することも出来るようになるでしょう。ここまで習得したら、批評も可能になります。逆に言うと、これが出来ずに批評などするなと言うことです。
ステップを示しているのです。テーマを決めて、その分野の多くの本を読み、ここぞというところを引用し、よく出来た本なら、引用だけで要約を作り、さらに、それを自分の言葉に言い換えて要約する…これらが基礎になります。すぐれた読書論だと思います。