1 話し言葉の成立4条件
なかなか魅力的なフレーズがあります。<言語の基本は話し言葉であって、書き言葉はその写しないしは延長に過ぎない>。これは、金田一春彦『話し言葉の技術』の紹介文です。話し言葉があるのに、書き言葉をもたない民族もいます。話し言葉が基本ですね。
しかし、話を簡潔、的確にするためには、書くことが必須です。書くことによって、話し言葉も鍛えられると言えるでしょう。書き言葉を考えるときに大切なことは、話の中に、どんな要素が入っているのか、どんな機能を持っているのか…を探ることだと思います。
話し言葉の場合、誰か相手がいることを基本としています。何かを伝える時に、必要となる条件を金田一春彦は4つ上げています。(1)話し手、(2)題材、(3)聞き手、(4)場面…になります。これ以外に、話を成立するために、共通の言語記号が必要となります。
2 話し手・題材・聞き手・場面
まず「話し手」から見ていきましょう。金田一が言うように、「その行動を行う主体」が「話し手」になります。主体が必須の要素であるといえます。話し手は「ふつう一人」であり、「まれに、場面・相手・発言内容等を全く同じくする数人」ということです。
一度に一つの話を行う主体が「話し手」です。その話し手が、話の内容を決めることになります。「題材=話題」をもつのが原則です。その一方、「演題」とも言うべき「話の名」を掲げることもあります。これは、題材とはやや異なった存在です。
話をするとき、「聞き手がある場合だけを問題にすればよい」のが原則でしょう。このとき、主観的に意識された話し手は、話の「相手」というべき存在となります。相手は、話し手が向けた方向であり、もしかしたら、聞き手でない可能性もあります。
そして最後に大切なのが、「場面」です。「話の行われる場所・情況・雰囲気」が場面ということです。話し手と聞き手を取り巻く環境のことです。この4つがあると、ひとまず話は成立することになります。
3 話し言葉と書き言葉の要素
この4つは、読み書きの技術を考える日本語のバイエルの中の[行為の文]の要素に対応しています。まず、話し手が、主体に当たります。話の内容は、「~した」という述部に対応します。これで主述の関係が成立します。ここに「何を」という客体も含まれます。
文章には、聞き手という以上に「相手」という概念が現れます。行為の文の「誰に」あるいは「どこに」というのが「相手」の概念になります。これに加えて、「場面」という取り巻く環境が必要です。それがTPO(いつ・どこで・どんな場合)です。
もう一つ、注目すべきなのが、前述の「演題」とも言うべき「話の名」です。これは主題当たります。はじめに掲げる演題ですから、「話の実質的な内容=述部」とは別の、前提に含まれる要素だと考えられます。
4 書き言葉には使える文法が必要
一筆書きですから、やや面倒な話ですね。日本語のバイエルを作ったとき、失語症の訓練が基礎にあったため、読み書きを規定する概念の中に、話し言葉の要素からの発想がしみこんでいます。「誰が~どうした」という主述関係を中核に、「何を」が付加されます。
さらに、相手の存在を明示する場合には、「誰に」「どこに」が付加されます。「図書館に」という場合、図書館に向けてという相手の方向を表します。これらの必須要素に加えて、話の行われる環境・場面が重要な要素です。TPO+主題ということになります。
前提[TPO・主題]+必須要素[主体・客体・相手・述部]というのが、行為の文です。これが一番標準的な文構造になります。文章が明確・的確だというのは、必要な要素、必要な前提がきちんと書き込まれているということになります。
話を成立させる要素は、書き言葉にも同じように存在します。若干の違いがあるのは、読み書きと会話の違いによります。固定化、反復化を可能とする書き言葉の場合、その運用法に、より安定性が必要とされます。使える文法が必要だということになります。