■法的な思考と文章:浜田宏一の文章力トレーニング

1 系統立てた整理を学ぶ

『伝説の教授に学べ!』で、浜田宏一教授は、法学部に入って失敗かなという気がした…と語っています。<法学部の勉強は、どうしても、「ためにする論理」をつくるように見えてしまうわけです>とのこと。相性があまりよくなかったのかもしれません。

法学部を卒業したのち、経済学部に学士入学しています。しかし浜田は、大学時代に司法試験や外交官試験、国家公務員上級職試験にも合格していますから、法律の勉強も飛びぬけてよくできたというべきでしょう。その恩恵もあったようです。

マックス・ウェーバーが、役人になるには法律を勉強せよといっているらしいですね。なぜなら役人には、膨大な資料が出てきたとき、それを系統立てて整理して議論できる能力が求められるからです。法律を学ぶと、そういう能力が身につきます。私自身、法学部で勉強したおかげでしょうか、文章を書くことを怖いと思ったことはありません。その点は、ずいぶんとありがたいことです。それまでは作文が好きでなかったのですから。

 

2 用語の定義による概念の明確化

法律の勉強の際に、定義をたくさん覚える必要があります。あるいは定義を作る必要さえあります。概念を明確にするために、用語から固めていくのです。用語の概念を明確にすることが、法律の基礎になっています。概念を整理する用語がたくさんあります。

ご存知のように、法律には公法と私法があります。国家と私人との関係を公法が定め、その権利を公権と呼びます。国家側が持つ権利が国家的公権、私人側が持つ権利が個人的公権です。一方、私人と私人との関係を私法が定め、私法上の権利を私権と呼びます。

さらに私人の持つ権利を、きれいに物権と債権の2つに分けているところなど、見事だと思います。人の物に対する権利が物権であり、人の人に対する権利が債権です。こうした概念の交通整理をして論証していく訓練は、文章のトレーニングになることでしょう。

 

3 法律の答案構成メモ

法律の論文問題の場合、解答は、きちんとした構造をもった形式で示さないといけません。横いち「一」、縦いち「1」、カッコいち「(1)」といった形式で、論じていきます。こうした形式で論ずるには、必要な要素を組み立てなくてはなりません。

要素を組み立てて構造を作るメモが、答案構成メモになります。こうした形式で答案を作っていくのが一般的です。必要な要素を書き出し、そこから構造を作る…という王道の文章作成であると言えます。

法的な安定を重視しますから、独創的な考えは多くの場合に却下され、通説的な解釈が重視されます。判例に反するロジックは、簡単に成り立ちません。これは法律を円滑に運用するためには必要なことでしょう。この点、ビジネスでは注意が必要です。

 

4 創造性の豊かさが必要

浜田が言う、<「ためにする論理」をつくるように見えてしまう>という面は、否定できないように思います。ただ法律の論文答案の書き方は、文章作成の方法として参考になります。そのことを法律を学び、経済学の分野で飛躍した浜田が指摘した点が貴重でした。

あえて法律を学ぶことによって、こうした文章作成の手法を身につける必要はないと思いますし、実際のところ、おおくの法律家の文章は、あまり上手とはいえません。「系統立てて整理して議論できる能力」だけでは、文章がうまく書けないとも言えそうです。

浜田のように創造性の豊かな人が、法律答案の記述形式で文章を書いていくと、鬼に金棒なのだと思います。同時に、こうした書き方で論を進めていっても、質の高い内容のものになると、書き直しが必要になります。[ヒラメキと構造]で、以前触れました。

 

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