■概説書を書く難しさと読む効用:一ノ瀬正樹『英米哲学史講義』を参考に

1 ロック哲学の先駆的な影響

中公クラシックスの『ヒューム 人性論』のすばらしい解説を書いた一ノ瀬正樹の新著『英米哲学史講義』(2016年7月10日)が出版されました。放送大学用のテキストにプラグマティズムの章が加わったものです。これで英米哲学の全体図がほぼ完成しました。

2章の「ロック哲学の衝撃」で一ノ瀬は<「ア・プリオリで総合的な判断」というカント固有のとらえ方の源泉が、ロックの『人間知性論』にあること>、さらに<ロックの知識論は、「確率」という度合いや量を核心的な基準として持つ>と指摘し、評価します。

『人間知性論』の約30年前に<ブレーズ・パスカルによって、「確率」の考え方が数学的に体系化され>その後、<すべての学問に確率的な思考法が順に浸透して>いく、その最初期にロックは位置していたのです。ロックの先駆的な影響がうかがえます。

2 ロック哲学を論じた2章がピーク

一ノ瀬は確率概念を重視します。<もし総括的な哲学史を語るとするならば、確率概念の導入前と後とで、最も大きな思想の転換がなされた、ということを機軸として語るべきだと、そのように思うくらいである>と記します。2章でのこの記述は魅力的です。

1章「経験論の源流」でイギリス経験論の源流を効率よく説明し、この2章でロック哲学の意義を一筆書きしました。ここがピークでした。3章もロックにあて「ロックの所有権論」を語ります。この領域では福田歓一『近代の政治思想』(岩波新書)が圧倒的です。

福田によれば、ロックは労働すれば富が増やせると考え、ホッブズは富の総量が一定だと考えたのでした。一ノ瀬は、ホッブズの自然状態の考えが<生物的事実としてない>と否定し、ロックの考えは<生物的事実も見据えたもの>だと言います。物足りないですね。

3 概説書を読む効用

概説書全体を魅力的に記述するのは奇跡的なことかもしれません。メリハリを上手につけることが求められます。5章「ヒュームの因果批判」は、かつて一ノ瀬が中公クラシックスでなした解説とほぼ同じ分量からなります。残念ながら総論的過ぎたようです。

中公版の解説では<ヒューム因果論の急所>に焦点を当てて、ヒュームの思考をたどります。該当のページを(本書一二頁)という風に示しながら進めていきます。<本解説冒頭からずっとこだわってきている本丸の論点>に焦点を当てた解説でした。読ませます。

『英米哲学史講義』を読んで再確認したことは、ヒュームが英米哲学の中核だということでした。功利主義には興味がわかず、20世紀以降のイギリス哲学を理解するのはむずかしいと思いました。アメリカの哲学であるプラグマティズムのほうが魅力的です。

プラグマティズムの解説なら『哲学の歴史』第8巻の該当部分を読むべきでしょう。各分野のすぐれた解説は、個別に探すしかなさそうです。概説書を読む効用は、全体の見取り図を示してくれることにあります。全体が見えると何に集中すべきかがわかるものです。

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