1 勉強の極意は精神の集中と努力の集中
法律家になるためには、大変な勉強が必要です。そのときの勉強法は、基礎力を習得するときに参考になると思います。法律家になるときの勉強法がシンプルに示されている例があります。河上和雄は『好き嫌いで決めろ』で勉強法について書いています。
河上は言います。[勉強の極意は精神の集中以外にありえないと私は思います]。したがって、[努力の集中のしどころを見極めるのも肝心だ]と言えそうです。具体的な例として、最難関の司法試験について「河上流司法試験突破法」が示されています。
短期集中型の勉強でした。[大学三年の二月。その四か月後には試験]という時期に試験を受けることになります。[司法試験を受けたのは父にうるさく勧められたからです]。[当時の司法試験は論文式で八科目]でした。どういう方法で合格したのでしょうか。
2 短期集中型の勉強法
河上はまず全体の計画を立てます。8科目を[四か月で八等分]すると[一科目につき約半月]になります。[毎日同じ科目では飽きるだろうと一日に三科目ずつ勉強することにしました]。[使ったのは大学の教科書だけ。憲法なら宮沢俊義の憲法の教科書一冊]です。これを[丸暗記しようと思った]。
すでに学校で勉強していたから、このハイペースも可能だったのでしょう。[1ページ覚えるのに20~30分かかるから、一日三科目やるとして一冊に一か月かかる]。[三科目毎約一か月で一冊覚えて八冊全部終わった時点でもう一度見直してみる]ことをしました。
忘れているところに印をつける。だいたい三分の一くらいは忘れています。それで忘れていたところだけをもう一度暗記して、また八冊終わった時点で再度見直す。まだ覚えていないところに印をつけて―というのを五回繰り返しました。(p.109)
これをやるのに[大学に行くのは一切止めて四か月間、9時から12時、1時から5時、8時から12時という時間割を作って勉強](p.109)しています。一日11時間の勉強です。一日20~30ページを暗記するとひと月の暗記ページ数は600~900ページになります。平均200ページ強の本を一冊ずつ覚えたようです。現在のテキストと比べるとずいぶん薄い本でした。
3か月弱で一通り終えて、それを復習していき、[四か月後には合格した]。[知っていることが限定されているため論理は極めて明快]だったのがよかったようです。修習生を見ていると、[あれもこれも書こうとして論理がうまくたたない場合がある](p.110)とのことです。
3 幹の部分を理解すること
河上和雄は東京地検特捜部長になったエリートの法律家でした。これに対して、オウム真理教・麻原被告の弁護士を務めた横山昭二は[町工場で働きながら、昭和33年に司法試験を初めて受けてみることにしました。大学は中途で退学しています](p.125)。
この人も「司法試験一発合格」です。「横山式司法試験合格法」を書いています。[司法試験用の本といえば、いまは分厚い本とかテキストがいろいろ出ています]が、[私は一科目について幅2センチくらいのごく薄い本で、200ページくらいの本を読んで勉強していた](p.131)と言います。これを集中的に勉強しています。
[全体的に薄く広く読んでいても、頭の中で統一的に理解することに欠けている]状態では合格しません。[司法試験は、枝葉末節が試験の対象ではない][基本的な問題を理解しているかどうかの試験]であり、[枝や葉の部分だけを見て、幹の部分を見落としてはいけません]。[頭の中で統一的に理解していないと]いけないということです(以上pp..132-133)。
4 優れた教師は少なく教える
お二人の勉強法が実際のままだったかどうか、わかりません。ただここから汲み取るべき大切な点があるように思います。とくに以下の3つは重要なポイントになるはずです。
(1) 基礎的な事項の勉強には丸暗記が必要。
(2) 集中的に時間を投下して勉強するのが効果的。
(3) 基礎固めに使う教材は簡潔なものがよく、それを繰り返すことが効果的。
刑法なら「構成要件→違法性→責任」という順に検討していきますから、この流れと基本的な論点を押える必要があります。専門的な知識の基礎には、共通のルールがしばしばあります。そのルールを押えるのが基礎力構築の前提だということでしょう。
たくさんの専門分野がありますから、個人の興味のある分野、必要とされる分野を選んで集中的に勉強するのは意義のあることだろうと思います。連日11時間の勉強をするのは難しいかもしれませんが、1冊に絞って繰り返すことなら可能だろうと思います。
逆説的になりますが、基本にする本を何冊も買い込むほうが効果的かもしれません。初めの部分を読み、いくつかの部分を比較して、これが一番良いと納得してから、一冊に集中するのが外れのない方法だと思います。
テキストを作る立場にある人は、いかに情報を少なくするか、それだけで幹がわかるようになるかどうか、そういう点を意識してテキストを作る必要があります。目標とする成果(習得レベル)を意識して、部品を選択し、その部品の組み立て方を考える必要があります。優れた教師は少なく教えるということでしょう。