■大前研一のエッセンス:『ザ・プロフェッショナル』第2章

1 まずは『ザ・プロフェッショナル』第2章を

前回、ジャック・ホイヤーのセイコー再生へのコメントを紹介しました。これは大前研一の質問に答えたものでした。大前は日本を代表する経営コンサルタントでありその分野の代表的著作家です。世界的なネットワークがあるからこそ、こうした質問が可能でした。

大前研一の本をすべて読んでいるわけではありませんが、経営者に対する直接の質問とその答えの部分を、なるべくチェックするようにしています。やや抽象的な存在である経済学や政治の分野への発言より、個別の企業経営に関するコメントが貴重です。

『クオリティ国家という戦略』ならば、ジャック・ホイヤーのコメントが圧倒的でした。一方、人口規模が北海道とほぼ同じ[スイスが「世界の観光地」であるのに対して、北海道は]まだまだで、[それはなぜかと言えば]…という説明には首をかしげます。

この本の出版(2013年1月)以降、日本への旅行客は約3倍に増えました。大前の理由づけはズレていました。スイスと人口規模がほぼ同じオーストリアにはスイスの3倍近い観光客が訪れます。観光の話をするならオーストリアと比較すべきだったかもしれません。

以前、大前のたくさんの著作から何を読むべきか…と聞かれたことがあります。大前のよい読者ではありませんから、あてにならないものです。2005年出版の『ザ・プロフェッショナル』第2章に大前のエッセンスがあるように思います、これを…と答えました。

 

2 「ビジネス・プロフェッショナル」の定義

『ザ・プロフェッショナル』は『ハーバード・ビジネス・レビュー』の連載がもとになっています。第1章「プロフェッショナリズム」の定義、第2章 先見する力、第3章 構想する力、第4章 議論する力、第5章 矛盾に適応する力…の5章からなります。

第2章は40ページほどの分量ですが、第3章以下のエッセンスも、この章にあると言ってよさそうです。第1章で大前は「ビジネス・プロフェッショナル」を定義しています。これを踏まえて第2章を読めば、大前の考えがかなりわかるでしょう。定義は以下です。

ビジネス・プロフェッショナルのことを、さきほど「己の技量を一生かけて磨き続ける覚悟ができている人」と述べましたが、正確には「磨き続けてしまう人」たちであり、その知的好奇心は飽くことがありません。 (p.27 第1章)

大前は主張します。[成功するには、成功したいと願い、必ず成功すると信じる気持ちが欠かせないと言われます]が、[あくまで必要条件であって、それだけではダメです]。[知的好奇心というエネルギーがなければ、一流と称される域には達しえないのです]。

 

3 戦略論も先見力の方法もヒントに過ぎない

第2章「先見する力」で大前は[目に見えず、手で触ることのできない「インタンジブル」な経済活動が主流となり]成功体験が役立たなくなることを指摘します。過去の「戦略論」が使えないのです。[30年前、日本に戦略論を持ち込んだ]大前が言います。

当時、私は企業戦略を「競争相手との相対的な力関係の変化を、自社にとって効率よく変化させるべく計画する作業」と定義しました。そして、この力関係を変化させる方法として挙げたのが、「成功のカギ(KFS)に基づく戦略」「相対優位に基づく戦略」「新機軸の展開による戦略」の三つです。 (pp..49-50:第2章)

こうした戦略論は洗練を重ねましたが、[工業化社会、つまり製造を中心とした経済]のもとで適応するものでした。[もはや戦略論の前提となる要素、つまり顧客、市場、競合を固定的に定義することは出来なくなりました]。戦略論はヒントにしかなりません。

成功はよい人材がよいタイミングで登場したということに尽きます。[その時期に、その人物であったからこそ拓けた道であり、そこに学ぶべきヒントはあっても、残念ながらその先に同じ成功はありません]。ビジネスチャンスを見出す先見力が重要になります。

・事業領域の定義が明確になされている
・現状の分析から将来の方向を推察し、その因果関係についてきわめて簡潔な論旨の仮説が延べられる
・いくつかの可能な選択肢のうち、比較的少数のもののみを採択し、選択した案の実行に当たってはかなり強引にヒト・モノ・カネを総動員する
・基本過程を見失うことなく、状況が全く変化した場合を除いて原則から外れない
(p.59:第2章)

以上は1999年の新装版『企業参謀』に付したものの転載でした。[当時は先見すべき商品やサービスが見えました][当時の先見力は比較的容易に「学習」できたのです]。21世紀に入って先見が難しくなりました。この環境下で先見力を磨く必要があります。

 

4 知的好奇心を持つための厳しい条件

ビジネス・プロフェッショナルの条件とされた「知的好奇心」は、[常に変化を志向し、執拗なまでに試行錯誤を繰り返す情熱]、[たとえ失敗しても「必ず次は成功する」という、周囲を圧倒するほどの執着力][強い問題意識としつこさ]を要素とします。

変化の本質[その真価はどこにあるのかと繰り返し自問自答]し、[そこから課題を構造化し、仮説を立て、それが正しいかどうかを見極めるべき事実を集め、分析・検証し、自分の理を再構築していきます]。ジャングルに身を投じなくてはなりません。

[途中で間違いに気づいたならば、すべてを白紙の状態にして、違う仮説に立ってゼロから考え直さなければなりません]。[数々の失敗を実地に経験し、自分自身が傷つくことでしか学べません]。[頭で考えているだけで、身につくものなどありません]から。

厳しい訓練になります。[議論の方向性や結論の大筋には賛同しながらも、あえて反論し、課題とその解決策を結ぶ道筋に、矛盾や不整合が見落とされていないかを検証]する[デビルズ・アドボケートの手法と精神を用いて、持論を絶えず自己検証すること]。

アンドリュー・グローブの「パラノイアだけが生き残る」を地で行くことになります。[どんな些細なディテールも見逃さないように注意を払い、その一つひとつを偏執的ともいえるしつこさで徹頭徹尾吟味する]。デカルトの方法的懐疑にも通じます。

このように[わき目もふらずその仕事に没頭できなければ、事業は成就しない]。それには[その仕事が好きなればこそ]という条件が加わります。こうした厳しさが抜け落ちていると自戒せざるを得ません。大前はおそらく本音を、この章で一気に語っています。

 

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