1 簡潔にまとまらない理由
いくつかの講座で限られた時間内に、短い文章を書いていただく演習をやっています。今年も何度か文章や文書に関連する講義をする機会がありました。参加者のよく知っている分野について書く演習をしてもらうと、かえってうまくまとめられない人がでてきます。
自分の知っている分野ですから、書く内容がないということはありません。逆に書くべきことがありすぎて、まとまらないようです。出だしに大切なことを書くという話はよく知られています。本人にとって大切なことがたくさんあって、うまくまとまらないのです。
言い方を変えると欲張りすぎなのです。出だしの100文字で勝負が決まるなどと言われると、余計に力が入るのか、メモ書きにたくさんのことが並びます。それらをただ並べるだけではまずいということはお分かりです。消化不良ですと答える方もいました。
ビジネス人が書くべきことは事実経過であったり、何らかの判断や評価をすること、アイデアのコンセプトを提示することなどでしょう。そういうとき重要なことから書くのが原則になります。本当に重要なことが簡潔に言えないほど多数あったらおかしなことです。
重要だと思うことがたくさんあって、まとまらないという場合、視点が違うのではないかと疑われます。もう一つ上の視点で見てくださいと言うことです。個々の問題が大切なのは間違いありませんが、それらの問題に潜む根本問題が見えていない可能性があります。
2 本質を探り当てる契機
しばしば現場主義という言い方がなされます。それは良い意味で使われているはずです。特に日本では現場、現場という人がたくさんいます。現場は大切でしょう。同時にビジネスには、個別の問題に対する視点だけでは困ったことになる場面が出てきす。
個々の問題を詳細に数え上げられるのは、まさに現場主義の賜物です。しかし、それだけでは不十分だと言えます。本当の現場主義なら、もっと本質的な問題が見出せるはずです。こうした本質的な問題は、書ききれないほどたくさん存在するとは思えません。
もし本質を探り当てたなら、簡潔な表現になるはずです。逆に言えば、メモ書きにたくさんの事項が並び、それらすべてが重要だと思える状態であるならば、まだ本質が捉えられていないということになります。簡潔に書けない場合、たいてい詰めが甘いのです。
ビジネスでの事柄がいつでも簡潔に説明できるとは言いきれません。しかし少なくとも、簡潔にならないときには、未解決の問題が存在している可能性は高いはずです。こういうとき、もう少し内容を詰めてみようとすることは必要不可欠なことだと思います。
3 ビジネスで使われる列挙という方法
物事の核心を得ようとして、具体的な事柄を追及していくと、どうしても抽象的な概念になりがちです。こういうとき、どういう方法をとれば言いたいことが伝わるでしょうか。
まず第一に、概念を正確で明確な表現にすることが求められることになります。
その上で、しばしば用いられるのが列挙という方法です。ご存じの方法だろうと思います。法律などで、禁止事項を抽象的に記述するだけでなく、該当する事柄をあわせて記述して規定するものです。たとえば憲法14条1項の条文にも採用されています。
▼憲法14条 1項
すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。
14条1項では「法の下に平等であって…差別されない」と規定するだけでなく、「人種、信条、性別、社会的身分又は門地により」と記述されています。具体的な事柄が複数示されると、わかりやすくなるものです。列挙には限定列挙と例示列挙とがあります。
該当するのはこれだけですと限定して列挙する限定列挙と、これ以外にもあるけれども典型事例はこれですと列挙する例示列挙があります。両者を厳密に見分けるのは簡単ではありません。憲法14条1項の列挙は例示列挙であるという解釈が判例で示されています。
ビジネスで列挙を使う場合、何も記述がなければ例示列挙だと解釈することになります。限定列挙を使うべきケースは少数ですが、あえて限定する理由がある場合です。限定に意味がありますから、限定列挙の場合、これだけしかない旨を明示する必要があります。
ビジネス文書の標準形式にも、列挙の方法が取り入れられています。はじめに重要事項となる本質的なもの、核心をついたものを示し、それらに関して重要ポイントとなる数項目を列挙し、さらに意義や展望などのまとめを付記して理解を促進する形式をとります。
迅速で正確な理解が得られることを期待して、こうした構造がビジネス文書で採用されることになったものと思われます。したがってビジネス文書を書く場合、この構造に合う内容にするために、簡潔で明確な概念を獲得することが重要であると言うべきでしょう。
⇒ 「ビジネス文書の構造その2:マネジメントの視点」に続く。