1 多様性とマニュアル化
マニュアルという言葉を定義するのは簡単でなさそうです。マニュアルというものがあって、それが機能しているのなら、その現実からマニュアルの定義をすることも可能かもしれません。しかしそれが機能していないとき、明確な定義をしようとすると苦労します。
業務マニュアルの場合、再定義をしないと機能させることも難しいでしょう。マニュアル化すると多様性をなくしてしまうという考えがあります。しかし多様性との関係で言えば、多様性を生かすために業務マニュアルの導入が必要だと言うべきです。
多様な人たちが力を同じ方向に向けるために、業務マニュアルが必要です。『知の超人対談』という本で岡本行夫は[マニュアルとは結局、プラットホームのことですよ]と語っています。アメリカに進出した日系自動車メーカーの工場長から聞いた話だそうです。
▼多種多様な民族、宗教、文化、移民の背景を持つ人々が一緒になるためには、共通のプラットホーム(基盤)というものが必要になる。いわばルール作りですね。プラットホームを作るということは、それまで混沌としたものをまとめて、それがさらに発展していく基礎になるわけですね。
2 工夫で直してしまうことの問題点
多様性のある組織でプラットフォームを作った場合に、どういう効果があるのでしょうか。先の工場長さんの答えは、多様性があるからこそ、業務マニュアルが重要になり効果があるということ示しています。効果を上げるには多様性のあることが前提です。
▼「日本人だとみな同じように考えるから、生産ラインのどこかに不具合が起きても現場の人たちが工夫して直してしまう。ところがアメリカではそうはいかない。何が悪かったかをまず全員に知らせて、どう対応するかのマニュアルを作らなければいけない。しかし、その作業によってさらに上に積み重ねていくことができる」と。
マニュアル化せずに工夫で直してしまうことに問題があるのです。これは「大事件を総括しない」という話と同じではないかと聞かれた佐藤優が答えます。マニュアル化しないと[どこに何の問題があったのか、ということが分からなくなってしまいますから]。
最初からすべてを決めることは現実的でありません。最初はシンプルなルールだけであっても、マニュアル化しておけば徐々に業務を高度化していけます。現在の医療機関でなされている標準的な医療水準は、かつての名医の技術を圧倒しているはずです。
佐藤は言います。[マニュアルでは対応できないような熟練工の部分についても時代の進展とともにマニュアル化が可能になる]。マニュアル化は必須のことです。「マニュアルを拒否するということは、資本主義を発展させないということだと思うんですね」。
3 大きな視点を獲得する方法
マニュアル化しておくことによって、もう一つの大きな効果が生まれます。業務のやり方がマニュアルという形式で明確になってくると、その仕事をする人たちは、そのやり方に無駄があることに気づくのです。新たな方法に変えていこうという気持ちになります。
もちろん意識の問題もあるでしょう。何とかしようと思っていると、様々な改善点が見つかります。改善提案数で言えば、日本は世界でも圧倒的でしょう。ところが「新たな方法」というのは、普通の改善よりももっと大きな視点に立つものです。
絵を描くときに、小さなことならその場でおかしな点に気づきます。しかし席を離れて遠くから見てみるともっと大きな点に気がつきます。それと同じ効果です。マニュアル化することによって、プラットフォーム自体を変える大きな視点が獲得しやすくなります。
岡本は言います。眼の見えない人に対して「盲人」とか「視覚障害者」でなく「目のご不自由な方々」と言えといった、[外形的な言い方や呼び方は整えるけれども、実際に道路で白い杖をついている人を見たら助けるという本質や根本の教育はなされていない]。
実際のところ白い杖をついて歩いている方を「助ける」のはむずかしいことです。しかし横断歩道を渡るときに、それを見ていることは必要かもしれません。岡本の出した例の適切さは気になりますが、「本質や根本」が重要だという指摘は大切な点です。
文書作成をマニュアル化したいという意欲的な企業から、数年前まで相談が続きました。残念ながら社内で作った案は、文書形式の標準化のことでした。内容をどう書くかの話がありません。マニュアル化には訓練が必要なのです。その努力の価値が十分にあります。