1 ケインズ経済学の主なユーザー
経済学の教科書に、シュンペーターへの言及がほとんどありません。シュンペーターの偉大さを否定しているわけではないでしょうが、経済学はシュンペーターの理論なしでも成立してしまうようです。残念な気もしますが、それなりの理由があるように思います。
シュンペーターの学問について、経済学者たちの一般的な評価は、[ケインズ経済学と違って、単純なモデル化を許さず、それゆえ、多くの人々に理解されるものではない](根井雅弘『シュンペーター』:p.175)といったところでしょう。
ケインズ経済学はあっても、シュンペーター学派はありません。[ケインズ経済学は、それまで思いも及ばなかった方法で、公的領域を資本主義秩序の財政機関として活用する合理的根拠を明らかにした](ハイルブローナー『二十一世紀の資本主義』:p.64)。
ケインズ経済学における目的は不況対策であり、[大量失業を防止し、さらには完全雇用を達成するという責任を政府に与えた](『二十一世紀…』:p.64)。経済学を使う主なユーザーは政府であり、国家機関の政策決定に経済学は重要な役割を果たしました。
経済学の主流にいたのはケインズ経済学でした。しかし、ハイルブローナーは言います。[ケインズの処方箋が第二次世界大戦後の目ざましい経済拡大をもたらしたのだろうか。この処方箋のおかげで戦後の好景気の様相が変化したとは言えない](p.64)。
好景気を支えたのは技術革新と制度的改革でした。[新しい分野への投資を刺激したのは技術の進歩]であり、また[退職年金や失業保険給付などの新しい所得の流れ]が好影響を与えました(p.64)。しかしこれらは、ケインズ経済学の扱う領域ではありません。
2 製品が変化しない分業だけの社会
技術革新や新たな制度の創設などを説明するとき、シュンペーターの理論が必要になります。[今日のエコノミストは成長の原動力として、分業ではなく新製品や新工程の導入というテクノロジーの核心的側面を重視している](『二十一世紀…』:p.38)からです。
しかしアダム・スミス以降の分業の理論では、技術革新や新たな制度的な変化は考慮されません。スミスは生産が拡大する根拠として、資本家が[利潤の一部を追加設備に投資]して[将来の所得を拡大する]からだとしています(p.38)。どういうことでしょうか。
▼資本の蓄積過程は、労働の生産性を上昇させることで社会環境に直接的な影響を及ぼす。スミスは、労働者の「熟練」を促し、一つの仕事から別の仕事へ「移動する」のに費やされる時間を節約し、「分業」を機械化することで、生産性が上昇すると説明している](『二十一世紀…』:p.38)
仕組みを変えずに、工程ごとの生産性をあげても革新になりません。こうした[スミスの説明からは、生産が増大しても製品は変化しない社会が想像される](pp..38~39)。これは現実の状況と違います。現実に基礎を与えたのがシュンペーターの理論でした。
▼シュンペーターの洞察によれば、最も強力な資本蓄積の手段は大企業が一つの工程あるいは製品を、別の工程、別の製品に変更することであった。彼が「創造的破壊」と呼んだこのプロセスは、いまも先進資本主義経済の変革の中心的な担い手である。(『二十一世紀…』:p.39)
3 『経済発展の理論』第二章「経済発展の根本現象」
シュンペーターの本はなかなか読まれません。[すごい学者ですが、書いたものが難解で長いのが玉に瑕だと思います]と藤原敬之は京都大学での「株式運用」の公開講座でシュンペーターについて語っています(『日本人はなぜ株で損するのか?』:p.81)。
シュンペーターの理論のすべてが偉大なわけではありません。藤原は言います。[『経済発展の理論』は読むべき本ですが、難しい上に翻訳がひどいので大変です。でも、これは第二章の「経済発展の根本現象」だけを読めばいいと思います](p.81)。
この提言は、[シュンペーター研究の第一人者で一橋大学名誉教授の塩野谷祐一先生がおっしゃったことで、著者もそれに倣った](p.82)とのことです。第二章だけでも岩波文庫(上)の90頁ほどを占めますから、十分に読み応えがあります。
シュンペーターによれば、経済の変革を起こすのは、(1)新しい製品やサービスの提供、(2)新しい生産方法、(3)新しい販路の開拓、(4)新しい供給源、(5)新しい組織を生み出すことです。『経済発展の理論』ではこれらを「新結合」と呼んでいます。
「新結合」はのちに「イノベーション」と言い換えられています。現在提唱される様々なイノベーション理論の基礎はシュンペーターの「経済発展の根本現象」にあると言えそうです。経済学よりも、もっと広い範囲に適用される理論だということになります。
ドラッカーは[シュンペーターの経済モデルは、われわれが必要とする経済政策の出発点として唯一有効なものとなる]と評価しました(『すでに起こった未来』:p.74)。組織運営の際にも、このモデルが使えます。一般理論というべき適応範囲の広いものです。
*上記のブログで引用した版は1994年発行のものです。