1 構造がわかりにくい文
たとえば、「イギリスの会社は多くが苦労するはずです」という文があります。「イギリスがEUから離脱するので」というのが理由ですが、ひとまずこの部分をカットして考えてみましょう。意味はすぐにわかるはずですが、構造がわかりにくい文です。
「イギリスの会社は多くが苦労するはずです」の文末は「苦労するはずです」ですから、この文の主役は「イギリスの会社は」ということのようにも思えます。ところが、「多くが」という語句がついています。「会社は」と「多くが」の重なりが問題です。
文を読んでみると、「イギリスの会社は…苦労するはずです」という意味と、「多くが…苦労するはずです」という意味がいっぺんに読み取れます。したがって、意味がわからないということにはなりません。ルール違反の文でもなさそうです。
2 「多くが」と「多くの」
「イギリスの会社は」と「多くが」という2つの語句のニュアンスを見てみると、「多くが」という語句の方が「イギリスの会社」を修飾しているようにも感じます。主な語句は「イギリスの会社」で、その説明・解説の語句が「多くが」という気もするのです。
しかし、「多くが・イギリスの会社は」や「イギリスの多くが・会社は」という風にはつながりません。適切な語順でなくなります。このとき「多くの」にしたならば、「多くのイギリスの会社は」「イギリスの多くの会社は」となって、適切な文になります。
そうすると「多くの」が「多くが」に変形されたのでしょうか。もし本来「多くの」だったなら、「イギリスの会社は多くが苦労するはずです」という文は「会社は」に対して、「イギリスの」と「多くの」という二つの修飾語のついた文だったことになります。
それでは「イギリス」と「多く」が並んでいた文がどうして「イギリスの会社は多くが」と変形されたのでしょうか。これが簡単に説明がつかないのです。「多くの」から「多くが」へと変形したと説明をつけるのは、簡単ではありません。無理がありそうです。
3 強調の助詞「は」
それでは「イギリスの会社は多くが苦労するはずです」の構造をどう考えたらよいでしょうか。まず、「イギリスの会社は」と「多くが」の両者が二つ並び立っている形式が妙です。どちらが本来の主役でしょうか。「会社は」ではなく「多くが」です。
この文の主役が「多くが」であるとしたなら、この文の構造は特別複雑でないことがわかります。何のことはないのです。「イギリスの会社の多くが」ということになります。「多くが」に対して、「イギリスの」と「会社の」が並列して修飾していたのです。
「イギリスの会社の多くが苦労するはずです」という文の「会社の」が強調されて「会社は」に変形されています。その結果「イギリスの会社は多くが」という形になりました。「象の鼻は長い」が「象は鼻が長い」に変わったのと同様のことです。
こうした説明を留学生たちにしてみました。わかりやすいという学生もいます。日本人でも、「イギリスの会社は多くが苦労するはずです」の文構造を説明してと言われると困るのが普通です。強調の「は」があるということを知っておいて損はないと思います。