1 作品数と絵の値段
少し前に、かつて天才とも言われた画家の作品を見ました。30号の作品です。いまではその人の名前も、ほとんど忘れられているのかもしれません。久しぶりにこの画家の作品と対面して、しばしその絵の前にたたずんでいました。すばらしい作品です。
立ち去りがたい気持ちでいたときに、画廊の方から声をかけられました。にこりとして、いいでしょう、天才ですよと言って、黙っています。しばらくして、そこに記されていない値段をおっしゃっいました。私でも、その値段がただならぬことだとわかります。
作品の数が少ないと、絵の場合、こういうことが起きるのです、信じられないでしょう…。まだお若かったですからねとこちらが言うと、そう、作品が多くないとね、みんな忘れちゃうとつぶやくように言って、また黙ってしまいました。
2 絵の値段と芸術的価値
まだ現役で、それなりに名前が知れていて、多作の画家の場合、桁違いに高い値段がついています。常設展でその人の作品を見たときに、何とも言えない気持ちになりました。どう考えても値段が逆だとしか思えないのです。しかし、こういうことはよくあります。
宮崎市定の随筆にもあったなあと思い出しました。「ピカソの絵の値段」(宮崎市定全集23 随筆上)で[いったいピカソは本当にどれだけ偉大な芸術家だったのだろうか](p.389)と、宮崎は否定的に書いています。絵の値段は芸術的価値とは違うということです。
▼普通には商品の数量は、その価格と反比例する。ところが、あれだけ多作でありながら、その絵があれだけ高いのは、その芸術性が高いために外ならぬと結論するのなら、ちょっと待ってもらいたい。経済現象は非常に複雑で、いつも相反する法則が同時に行われているからだ。 p.389
3 数量効果の利用
宮崎が経済学の本をどれだけ読んだかはわかりませんが、ピカソの絵の高価格の要因を[こういうのを経済学では数量効果というらしい](p.390)と書いています。その説明もわかりやすく、さらりと書いているのには驚くしかありません。
▼頼まれれば頼まれただけ、注文をこなさなければならぬ。飛行機を利用し、一人の身体を二人分にも三人分にも働かせ、あちこちに出演して稼ぎまくるのである。すると、それだけファンが増えて人気が高まる。人気が高まれば、したがってギャラも上がる。 p.390
宮崎は、[画家として、ピカソは無比の健康の上に、無類の早描きの画法を発明したところに成功の秘訣があった]と結論づけています。さらに[意識して数量効果を利用した人に、西洋ではルーベンス、中国では明代の菫其昌](p.390)と指摘するのでした。
1973年の随筆です。宮崎は同様に、ダ・ヴィンチとラファエロの関係も同様に見ています。ラファエロは早描きでした。そう考えれば、少しは平安な気持ちになれそうです。画廊で絵の値段を見て、いたたまれない気持ちになって宮崎の随筆を思い出したのでした。