1 計算問題の文章が読めるか
留学生が計算問題を解こうとして困難に直面することがあります。長めの文章のある問題になると、日本語の読み取りがうまくいかなくて、何を求められているのかわからないことがあるのです。この場合、典型的な問題を繰りかえすことで、かなり改善できます。
しかし留学生だけの問題ではありません。日本人も同じように、問題文の読み取りがうまくいかない人がかなりいます。日本語の読解力が計算問題に直結することがあるということです。これは日本語に関することなので、思ったよりも深刻な問題になっています。
日本語の習得はそう簡単に進みませんから、慣れればうまくいく留学生ばかりではありません。短期間での挽回が難しいですし、ある程度、日本に来て日がたつと、日本語なしの世界を見つけ出して、進歩が鈍ります。では日本人の場合、どうでしょうか。
2 練習で能力が伸びる場合
日常の会話が出来るということと、計算問題の問題文を正確に迅速に理解するということは、大きく違っています。母語の日本語に問題があるのですから、本来深刻なことです。しかしそうした危機意識は持ちにくいのは自然なことかもしれません。
友人との会話もできますし、お店に行って話が通じないということもあり得ないでしょう。日常生活に困っているわけではありませんから、あえて日本語の読み書きをやろうという気にはならないでしょう。計算は無理だと、放り投げることになりがちです。
小学1年生に作文を教えていると、その段階ですでにかなりの能力差があるのに気がつきます。同時に、わずかな期間の練習でも、能力が伸びうることも間違いありません。その意味からも、かなり早い時期からのトレーニングが必要だろうと思います。
3 国語の授業中に算数の文章問題
芳沢光雄は『ぼくも算数が苦手だった』で、[現在、世界の趨勢は「考えて記述する」教育を重視する方向にあるにもかかわらず]、日本では[小学生から大学生に至るまで、考えて記述する力、特に推論力が弱くなっています](p.144)と指摘しています。
ではどうすればよいでしょうか。芳沢は、[国語の学習でも、情緒的な小説や詩などで作者の意図や気持ちを読み取るばかりではなく、論理的な文章を読み、書く学習が必要なのではないでしょうか](p.146)とポイントを上げて、以下のように書いています。
▼フィンランドでは、国語の授業中に算数の文章問題もおこなうそうです。また、When(いつ)、Where(どこで)、Who(誰が)、What(何を)、Why(なぜ)、How(どのように)の「5W1H」を大切にした教育を徹底して行っています。 p.146
ビジネス人でも、ふと日本語の能力に不安を感じることがあるようです。たいてい心配するくらいの人なら、訓練をすれば何とかなります。ずいぶん前に【文章読解がまったくダメ、苦手だと言う人に:基礎力のつけ方】を書きました。いまはもう少し深刻です。