1 ソ連についての一筆書き
先日、宮崎市定の随筆「ピカソの絵の値段」を紹介しました。たまたまその前に置かれていた随筆が「ソ連の内幕」です。題名からして、なんだかありそうでしょう。ソ連についての一筆書きでした。1973年6月6日に、もうこの体制は持たないと記しているのです。
歴史家の立場で国際情勢の分析をし、国家体制が持たないだろうとする文章を、2頁強で書いています。当然のことながら、具体的で詳細な根拠が示されているわけではありません。しかし、その後の推移を見ると、大枠で宮崎の言う通りに進んだと言えそうです。
[現在のソ連の状態は、戦前の日本の状態に酷似している]と指摘しています。[産業の不振、技術進歩の停滞、官僚制の硬直化、中国との仲違い、それに農業の大凶作]といった状況では、ソ連の将来は明るいはずはありません(以上、宮崎市定全集 23 p.387)。
2 ソ連の将来展望
国の力は、その国の魅力が背景にあってこそでしょう。ところが[消費産業が後回しにされ、生活程度が向上せず、民間に不満が高まっているが、それを権力で押さえつけている。その手で周囲にも威圧を加え、世界中に真の友好国は一国もない](p.387)のです。
どうすればよいのかは、明らかなことでした。[急いで国内体制の立て直しをせねばならぬのだ]、つまり[一時軍部の勢力を押さえて、軍縮をも断行し、均衡のとれた産業体制を確立し、人民の不満を柔らげ、勤労意欲を鼓舞することが大切](p.388)です。
それが出来るでしょうか。今から考えても、とても無理だろうと思います。そして当時でも、軍縮を断行して均衡のとれた産業体制に向かうことなど、現実的ではなかったでしょう。そうであるならば、ソ連の将来展望など開かれようもないことでした。
3 大筋が見えるかどうか
なぜ自国を発展させる産業体制が整備できなかったのでしょうか。宮崎は、周辺国との関係がポイントだと指摘します。[西独と日本との平和共存をうたって国民を安心させ、軍部からの横槍を防がねばならぬ](以下、p.388)のです。しかし、それも無理でした。
[不戦条約を反故にした][ソ連の言うことは一切あてにならぬというのが平均日本人の偽らざる感情]です。ソ連との平和条約など[何の役に立つのかという気持ちでいっぱいだ。条約は結ぶことに意義があるのでなく、守ることに意義があるのだ]となります。
[北方領土問題は、単なる領土問題だけではない]、[ソ連が終戦直前にとった行動に対して反省があるかどうか]の問題です。そして[日ソ国交交渉の停滞は日本にとって当面は小さな不利益]ですが、長期的には[ソ連にとって決定的な不利益]になります。
こんなことは見えるではないかと、宮崎は[明治の政論家]の例を挙げるのです。特別な情報や統計の知識がなくても、[案外的確に状況を把握して、大体は誤りなく世論を指導してき]ました。全体構造が見えていれば、大筋は見えるはずだということです。